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千葉地方裁判所 昭和56年(行ウ)4号 判決 1988年1月25日

原告 鈴木重男

右訴訟代理人弁護士 後藤裕造

同 藤野善夫

被告 成東町

右代表者町長 斎藤昌三

右訴訟代理人弁護士 滝口稔

右指定代理人 長谷川祐剛

<ほか一名>

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対し昭和五四年一月一一日付け成産A一―四二六号をもってなした「別紙物件目録記載の土地に係る農業振興地域整備計画軽微変更申請はこれを却下する。」との決定はこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案に対する答弁)

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、被告が昭和四九年七月二三日農業振興地域の整備に関する法律(以下「農振法」という。)八条所定の千葉県知事の認可を受けて定めた農業振興地域整備計画のうちの、農用地利用計画に基づき設定した農用地区域内に、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有している。

2  原告は、被告に対し、昭和五三年三月三一日付けで本件土地について、農業用施設(鶏舎)用地として使用することを理由に、農用地区域から除外するいわゆる農業振興地域整備計画軽微変更(以下「軽微変更」という。)の申請をした。

ところが、被告は、昭和五四年一月一一日付けで、右申請を却下した(以下「本件却下処分」又は「本件通知」という。)。

3  そこで、原告は、昭和五四年三月八日付けで被告に対し、本件却下処分について異議申立てをした。

しかし、右申立て後三か月を経過しても、被告は何らの判断もしなかった。

4  本件却下処分は後記のとおり違法であるから、原告は、被告に対し、本件却下処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の抗弁

1  本件通知は、抗告訴訟の対象となる行政処分ではないから、本訴は不適法である。

2  すなわち、農振法上、既に決定された農用地利用計画につき、土地所有者その他土地に関し権利を有する者(以下「土地所有権者等」という。)に対して同計画の変更申請を認めた規定は存しない。

農用地利用計画の法的効果としては、開発行為の制限、国、地方公共団体の計画尊重義務、農地等の転用の制限があるが、このような制限は、法律が特に付与した農用地利用計画の決定に伴う付随的な効果にとどまるものであって、農用地利用計画の決定そのものの効果として発生する権利制限とはいえず、また、土地所有者等の権利に対し具体的変動を与えるものではない。それゆえ、農用地利用計画に対する行政不服審査法による不服申立て又は行政事件訴訟法による抗告訴訟の提起ができない(農振法一一条八項)として、農用地利用計画につき変更申請権を認めなくとも、土地所有者等の権利救済に欠けるとはいえない。

また、土地所有者等は、農用地区域内において開発行為をしようとするときには、農振法一五条の一五の規定により都道府県知事に許可申請をすることができるし、農地法四条一項の規定により農地等の転用許可申請をすることができる(農振法一五条の一五第一項三号参照)。そして、これらの申請に対し、不許可処分がなされた場合には、これが違法であれば、この段階において具体的権利侵害を理由として抗告訴訟を提起することができるのであるから、農用地利用計画につき変更申請権を認めなくとも、土地所有者等の権利救済に欠けるところはない。

3  そして、農振法一三条三項は、同法施行令(以下「施行令」という。)五条に定める軽微変更につき、同法一一条所定の手続、同法八条三項の都道府県知事の認可を省略することができることを定めたに過ぎず、他の農業振興地域整備計画の変更と同じく同法一二条の手続は必要とされているから、軽微変更に限って別段の取り扱いをすべき理由もない。

4  また、市町村が施行令五条一項二号による軽微変更をしても、これによって農地法四条の転用手続が不要となるわけではないから、かかる軽微変更の段階では、未だ訴訟事件として取り上げるだけの事件の成熟性を欠いている。

5  よって、原告が被告になした軽微変更申請は、いわば職権の発動を促す趣旨の制度として事務運営されているものであり、本件通知は職権を発動しないという態度を表明する事実上の措置に過ぎず、これにより原告の権利又は利益を具体的に侵害したということはできない。

三  本案前の抗弁に対する原告の反論

1  被告が定めた農業振興地域整備計画に基づく農用地区域内の土地所有者等は、施行令五条一項の軽微変更がない限り、同区域内に農業用施設を建築する等自由な使用を禁じられているから、この禁止の解除を求める、すなわち許可申請権を有する。

2  農振法一三条三項、同法施行令五条一項二号の規定により、農用地区域内の土地所有者である原告が、本件土地を養鶏業務の農業用施設の用に供するため、被告に対し、農用地区域の軽微変更の申請をした場合、被告は、申請内容が前記条項に該当するときには、これを許可すべき義務がある。したがって、被告が、原告の軽微変更申請に対し、これを変更しない旨を通知したのは、許可申請の却下若しくは不許可処分に相当する。なお、同法一三条三項は、軽微変更について同法一一条の準用を否定しているので、軽微変更不許可に対しては行政不服審査法の不服申立てをすることもできると解すべきである。

3  農地のうち、農振法の適用がある農用地で市町村が軽微変更を行うべき場合には、農地法四条の転用許可申請をする前提として、軽微変更申請をする必要がある。したがって、農地法四条の許可申請をすればよく、軽微変更申請権を認める必要はないということはできない。

四  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1・2は認める。

2  請求原因3・4は争う。

五  被告の抗弁

1  本件通知が行政処分であるとしても、軽微変更を行うか否かは被告の裁量行為である。

2  被告は、以下の経緯により、原告申請の軽微変更を行わない旨の認定、判断をした。

(一) 農振法一三条一項は農業振興地域整備計画の変更について具体的な定めをしていないので、変更を要するかどうかは、法の趣旨、目的による合理的基準によって決定されるべきものである。そして、農林水産省農政局長通達(昭和四十七年五月一日、四七農政第一八四九号。最終改正昭和五六年八月二〇日五六構改C第四六三号「農業振興地域整備計画の変更及び異議申出等の処理について」第一4(1)、(2))は、市町村整備計画の変更に関する基準として、「市町村整備計画は、自然的経済的社会的諸条件を考慮し、かつ、地域農業者、農業協同組合、土地改良区等関係諸団体との調整を経て長期的観点から農業を振興するための総合的基本計画として定められたものであるから、その変更には十分慎重を期す必要のあることはいうまでもないが、……やむを得ず変更を行う場合には、市町村整備計画策定の趣旨に反することのないようにするもの」とされており、また、「農用地区域内の土地を農用地以外の用途にあてるため農用地利用計画を変更するときには次の要件のすべてをみたすときにのみ行うことができるものとする。」として、

ア 農用地区域内の土地を農用地区域から除外する場合には、農用地区域外に代替すべき土地がないものであること。

イ 可能な限り農用地区域の周辺部の土地等変更後の農用地区域の利用上の支障が軽微である土地を除外するものであること。

ウ 変更後の農用地区域の集団性が保たれるものであること。

エ 変更後、土地利用の混在が生じないものであること。

オ 国の直轄又は補助による土地改良事業、農用地開発事業、農業構造改善事業によって土地基盤整備事業を実施中の地区内の土地及び当該事業が完了した年度の翌年から起算して八年を経過していない地区内の土地(かっこ内省略)を農用地区域から除外するものでないこと。

を掲げている。

右通達は、施行令五条一項の規定による軽微変更をしようとするときにも、右要件に留意すべきであると定めているので、軽微変更の審査に当たって、右要件が準用される。

(二) また、農振法上、軽微変更については、①農業協同組合等の意見の聴取、②農用地利用計画の変更の案の公告、縦覧、異議の申出、審査の申立て等の農振法一一条所定の一連の手続、③都道府県知事の認可の手続の省略が認められているが、その実体的用件の審査が緩和されているものではない。そして、農地を農地以外のものにする場合には、農地の転用が農林水産大臣又は都道府県知事の許可を要することから、これらの行政機関との事前調整が必要である(農林水産省農政局長、農地局長通達、昭和四十七年十一月三十日四七農地B第一九七五号、改正昭和五三年七月五日五三構改A第一〇九二号、「市町村が定める農業振興地域整備計画の変更に係る農地転用許可権者との調整について」第二3参照)。したがって、農地転用の許可基準(昭和三十四年十月二十七日三四農地第三三五三号(農)農林事務次官通達、改正昭和四一年七月五日四一農地B第二九九一号(農))に適合するかどうかも要件となる。

(三) 本件土地は、千葉県による土地改良事業が施行されている農地であって、右農地転用許可基準の第一種農地に該当し、その位置も周囲が農地に囲まれているため、転用により集団農地を破壊する結果となるし、また右農地転用により土地利用の混在が生ずることになる。

したがって、本件土地の農地転用が周辺農地に及ぼす影響が少なく、かつ、農地転用許可基準に定められているようなやむを得ないと認められる特別事情が存在しない限り、農地転用を伴う軽微変更は認められない。そして、本件土地については右のやむを得ないという特別事情が存在しなかった。

(四) 被告は、原告の軽微変更申請について、以上の基準に該当するか否かを審査していたところ、本件土地の周辺の住民から、成東町長に対し、本件土地を転用し鶏舎及び鶏糞処理加工施設を建設することに反対する旨の陳情がなされた。その陳情の要旨は、「本件土地は圃場整備区域の一部を構成し、かつ、陳情者の住宅に近接する地域にあるので、原告が養鶏を営むことにより、悪臭、蠅の発生等による被害、周辺農地の稲作に対する実害が予想されるし、陳情者の農業経営及び進行中の圃場整備事業の破壊に連なる。よって、土地改良事業の趣旨、公害対策基本の趣旨、最優先に保障さるべき住民の健康的生活環境の保全整備を考えて、原告の鶏舎等の建設を認めない裁定を求める。」というものであった。また、本件土地から直線距離で約一二〇メートルの位置において豆腐製造販売業を営む訴外秋葉保からも鶏糞の乾燥による粉塵、蠅の発生、悪臭等により衛生上、営業上の悪影響がある旨の陳情もなされた。

市町村農業振興地域整備促進協議会(以下「町農振協議会」という。)は、被告の諮問に対して、右のような反対者の陳情があって、これらの者の同意が得られない以上、原告の軽微変更願を認めるべきではないという意見を具申した。

3  よって 被告は、前記のとおり反対の陳情があって、本件土地に鶏舎等を建設することにより、養鶏に伴う悪臭、蠅の発生及び羽毛、飼料の飛散によって、周辺農地及び生活環境に影響を及ぼし、原告のいう被害防除措置も、これにより右被害を完全に防止することが困難であると認めて、農用地利用計画を変更しないこととした。

なお、本件土地に鶏舎等を建設し、農地以外に転用することは、集団農地としての一体利用を妨げるし、土地利用の混在が生ずることにもなるのである。

六  抗弁に対する原告の認否及び主張

1  抗弁1は争う。

2  抗弁2(一)は認める。

3  抗弁2(二)のうち、農振法上、軽微変更について諸手続の省略が認められていることは認める。その余は争う。

土地改良事業は、農地の集団化、用排水路の整理策を行い、農耕労働力を効率化し、余剰労働力を畜産、農外労働へ振り向けることによって農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大を図り、農業従事者全体の生活向上と共に担税能力の増大を目的とするものである。ところで、農業とは、単に田畑を耕すだけではなく、稲作、蔬菜、園芸、畜産の全体をいう。したがって、土地改良事業の目的においても、田畑耕作だけではなくて、畜産の生産拡大も大きな比重を占めているのである。そして、成東町の農村部は畜産奨励地域に入っており、とりわけ本件土地の存する南郷地区は本件土地改良事業の一環として養鶏、乳牛生産の拡大を基調とする地域である。それゆえ、被告のいうように、一旦用途区分した農地をことさら耕作目的に矮小化して、軽微変更さえできないと解すべきではない。

4  抗弁2(四)のうち、反対住民の陳情があったことは認め、陳情の内容は知らない。

近隣住民の同意は、本件軽微変更の必要かつ法定の要件ではない。

5  抗弁3のうち、被告が反対者の存在を理由として本件却下処分をしたことは認め、その余は争う。

七  原告の再抗弁

仮に軽微変更をするか否かが被告の裁量行為であるとしても、本件却下処分には以下に述べる裁量権逸脱の違法がある。

1  鶏舎開設によって、近隣住民に対し抗弁3記載のような被害を与えることはない。鶏舎から少しは鶏糞の臭い、羽毛、蠅の発生があるが、この程度のことは農村ではむしろ常態であり、農村居住者にとって受忍の限度にある。反対者のうちにも、自ら養豚をしている者がある。また、新設する鶏舎では採卵用ではなく育成用の養鶏をし、鶏舎には現代の最高水準に値する悪臭防止装置を設置することを原告は被告に申し出ている。

飼料の飛散は全くなく、翌毛の飛散防止策も講ずるので、被告が本件却下処分の理由としたような周辺農地及び生活環境に悪影響を与えることはない。

そもそも、悪臭等の完全防止は不可能であり、この「完全性」を軽微変更の認定要件にしてはならない。

2  更に、原告は、反対者に対し、左の条件を遵守する旨の覚書を差し入れることを申し入れた。

① 農業用水路に汚水を流さないようにすると共に、農業用水路で鶏舎内で使用する機具の掃除をしないこと。

② 周囲の作物に被害を及ぼさないようにすること。

③ 周囲に悪臭を出さないように予防設備をすること。

④ 蠅の駆除に努めるとともに、金網を張るなど蠅の蔓延の防備手段を講ずるように尽力すること。

しかるに、二、三人の反対者は、何ら正当な理由なく、誠意をもって話合いに応じなかった。

それでも原告は、右予防措置を講ずることを計画していたのであり、これに対し、被告は、被害予測を科学的に調査したり、被害防止装置の効果について分析したりしなかった。被告は、原告が示した悪臭防止装置が不完全であるならば、他に適切な防止策があるとの行政指導をすべきであり、また、科学的な調査、分析に基づき反対者の説得行為を行うべきであって、これを行わなかった被告には、行政機関として当然なすべき行政指導という職務を履行しない違法がある。

3  原告は、昭和五三年一月二三日、本件土地の改良事業を主宰する山武郡中央土地改良区から、一時利用指定地たる本件土地の農業上の用途を「畑」から「畜産」に変更することの承認を受けたので、被告のいう、農用地区域の「集団性を保つ」とか「土地利用の混在を生ずるのを防ぐ」とかいう拒否理由は成り立たない。

4  仮に、右のような農用地区域の「集団性が保たれる」とか「土地利用の混在が生じない」という事由を農地の軽微変更の基準とするのであれば、同様の申請があるときは不公平な行政をしないことが被告に課せられた行政上の義務である。ところが、被告は、原告には住民の不同意だけを理由に不許可にしておきながら、訴外鈴木武雄、同鈴木清治の農地の鶏舎敷地利用の違反状態を救済している。

すなわち、鈴木武雄は、昭和四八年ころ、田を畑に変え、その一部に軽微変更の手続をとらないで鶏舎を二棟増設したが、右違反状態が一〇年経過した昭和五八年四月六日、右土地の地目を宅地に変更した。この農地法上の転用許可に、被告が関与していることは明らかである。また、鈴木清治は、昭和四九年から、土地改良事業の施行地区内でかつ農業振興地域整備計画に基づく農用地区域内の農地内に、軽微変更の許可を受けないで、鶏舎を新設していたところ、昭和五五年に至って軽微変更許可、農地転用許可を受けている。これらの鶏舎はいずれも人家に近接しているのであって、これらを認めながら原告の申請を不許可にしたことは偏頗な行政処分をしたことになり、違法である。

5  原告は、千葉県の畜産振興政策の推進に協力してきたのに、憲法上保障されている職業選択の自由、営業の自由を侵害されている。

八  再抗弁に対する被告の認否及び反論

1  冒頭の主張は争う。本件却下処分は裁量の範囲内である。

2  再抗弁1のうち、反対者の中に豚を飼っていた者がいたことは認め、その余は否認し、争う。

原告が採用することになっている岡田式畜糞乾燥装置等が最高水準の悪臭防止装置ということはできないし、右乾燥装置により悪臭等の被害を完全に防止することは困難であると認められたのである。

3  再抗弁2のうち、原告が反対者に対し覚書を差し入れることを申し入れたこと、原告と反対者との間において合意が成立しなかったことは認め、その余は争う。本件土地は農用地区域であるから、被告には原告の転用を承認するよう反対者を説得すべき義務はない。

それでも被告は、原告と反対者との間で円満に被害防除措置について合意が得られれば、軽微変更の再審理をすることとしており、本件却下処分後も原告と反対者との話合いを仲介し、他養鶏場の視察を実施するなど、反対者の説得に協力してきたものである。

4  再抗弁3のうち、原告が原告主張の日原告主張の土地改良区から本件土地につき原告主張の用途変更の承認を受けた事実は認めるが、その余は争う。土地改良区が用途変更を承認したのは、①農業用水路に汚水を流さないこと、②周囲の農作物に被害を与えないこと、③周囲に公害を与えないこと、④周囲の同意を得ることが条件になっており、軽微変更が相当かどうかの認定は町当局の判断に委ねられたものであるから、被告が本件土地の軽微変更を認めないのは違法であるということはできない。

5  再抗弁4のうち、鈴木武雄が原告主張のように養鶏を営み(ただし、昭和三八年ころから開始した。)、その土地の地目が宅地に変更されたこと、鈴木清治が同人所有の原告主張の土地において、昭和四九年ころから養鶏を営んでおり、被告が同土地に関し軽微変更を認めた事実は認めるが、その余は否認し、争う。

鈴木武雄所有の土地の地目更正登記は、登記官の職権によりなされたもので、農地法四条の許可を受けてなされたものではない。右土地は被告の策定した農用地区域内の土地ではないから、被告の軽微変更の問題は生じない。

また、鈴木清治の土地に関しては、以下の事情がある。

同人は、昭和四九年ころから、軽微変更の手続によらないで養鶏を営んできたが、昭和五四年に至り、原告の本件土地の違反転用が問題化したために、被告に対し、軽微変更願を提出した。被告は、以下の事由によりこれを認めざるを得なかった。

すなわち、同人は、約一〇〇戸の上里集落の敷地内において養鶏を営んでいたが、集落内の悪臭、蠅の発生等による公害問題があったため、昭和四九年ころ、現在の土地に移転して養鶏を営んでいたという特別事情が存した。また、その東側が山林となっており、それだけ隣接農地に与える影響が少ない。加えて、右土地の隣接農地の所有者が農地転用を伴う軽微変更に同意していたものである。しかも、違反転用してから約五年も経過してから農地法八三条の二の規定により千葉県知事が原状回復を命ずるとすれば、同人の農業経営に重大な影響を及ぼすため、県知事が原状回復を命ずるのは相当でないと認められたので、被告は、千葉県知事と協議のうえ、違法状態を将来にわたって解消するために追認の意味で軽微変更を認めたものである。このような、やむを得ない事情によってとられた措置と本件却下処分とを対比して不公平であるということはできない。

更に、行政処分の違法性の判断は当該処分時を基準としてなされるべきものであるから、本件においては、処分時である昭和五四年一月一一日の後になされた処分と比較することはできない。

6  再抗弁5は争う。農振法に基づく農業振興地域整備計画及びこれに基づく農用地利用計画の策定により土地所有者等の土地利用が制限されることになるが、右農用地利用計画は公共的な計画であり、社会通念上認められた合理的制限であって、憲法二九条に違反するものではない。原告が本件土地で養鶏事業を営むことができないのは、右のような公共的な計画による合理的な制限によるものであって、原告が他の場所において養鶏事業を営むことを否定するものではない。よって、本件却下処分が原告の職業選択の自由、営業の自由を侵害するということはできない。

第三証拠《省略》

理由

一  本案前の抗弁について判断する。

被告は、原告のなした軽微変更申請は被告の職権の発動を促すものに過ぎないから、本件通知は職権を発動しないという態度の表明であり、本件通知には行政処分性はないと主張する。

確かに、農振法、施行令上、軽微変更の申請に係る規定は見当たらず、《証拠省略》(小作主事山下重毅の説明書)中にも、「軽微変更申請は農振法一三条の事務運用上地権者が希望を述べる方法として行われているもので、申請が認められたといっても、それは、申請を受付けた市町村が許可をしたということではなく、申請をひとつのきっかけとして、市町村が独自に農振計画の変更を行ったという結果を示しているに過ぎない」との趣旨の記載がある。

しかしながら、元来市町村の定める農業振興地域整備計画中で定められる農用地利用計画は、農用地として利用すべき土地の区域(農用地区域)とその区域内にある土地の農業上の用途区分を設定するものであって(農振法八条二項一号)、そのため、整備計画が認可、決定されると(同条一項、三項)、次のような法的効果を生ずる。すなわち、農用地区域内における開発行為が制限され(同法一五条の一五)、また、同区域内の農地等について農用地利用計画において指定された用途以外への転用の許可が得られなくなり(同法一七条)、そのほか、同区域内の土地につき指定された用途に供すべき旨の勧告等がされ(同法一四条、一五条)、特定利用権の設定に関する協議を求められる等種々の負担が課せられる(同法一五条の七ないし一五条の一四)こととなる。

そこで、かかる農用地区域内の土地所有者等が、当該農地を指定された用途以外に転用を希望するときは、農用地利用計画の変更による整備計画の変更の認可、決定がなされない限り、軽微変更によるしかない(同法一三条)。

市町村による軽微変更は、施行令五条一項において、

一 地域の名称の変更又は地番の変更に伴う変更

二  農用地区域内にある土地の所有者又はその土地について所有権以外の権原に基づき使用及び収益をする者がその土地をその者の耕作又は養畜の業務のための農業用施設の用に供する場合において、その土地を農用地区域から除外するために行なう農用地区域の変更

三  農用地区域内にある土地のうち、土地収用法第二十六条第一項の規定による告示があり、かつ、その告示に係る事業の用に供されることとなったものがある場合において、その土地を農用地区域から除外するために行なう農用地区域の変更

四  農用地区域内にある土地の農業上の用途区分の変更で当該変更に係る土地の面積が一ヘクタールをこえないものとされている。

《証拠省略》によれば、被告において、昭和四九年の農用地利用計画策定後、昭和五六年一二月末までに軽微変更がなされた事例は一二件あり、その内訳は、農作業場等八件、畜舎三件、ガラス温室一件となっている。なお、《証拠省略》によれば、畑を農業用施設用地に変更することは、用途区分の変更に該当し、事務運用上は前記の四号を適用するよう指導が行われていること、また、この変更のために軽微変更がなされた場合には、土地所有者等は更に農地法四条一項の許可申請をしてその許可を得る必要があることが認められる。

本件のように、畑を養鶏用施設用地に変更することは、施行令五条一項の二号又は四号に該当すると考えられる。そして、これらの文言をみると、二号は、正に、その土地の所有権又は用益権者の土地利用目的の変更意思に基づいて適用されることが明らかであり、また、四号の用途区分の変更も、本来、個々の土地の状況に着目して具体的にされるべきものであり、前記小作主事の説明によれば、前記のような当該土地の所有権者等の土地利用目的の変更要請を受けてなされる場合も該当すると解される。

被告は、原告のような場合は、農地法四条の農地転用許可申請をして、その不許可処分を争うことができるので、軽微変更の可否について争えないとしても権利救済に欠けるところはないというが、前記のように、農用地区域内の土地は軽微変更がなされない限り転用許可は得られないのであるから、軽微変更が容認されなければ農地転用が不許可となることは目に見えており、(《証拠省略》によれば、本件においても同様の結果となっている。)。かつその不許可処分の抗告訴訟にて、軽微変更がなされないことの違法を主張することは、処分庁の違う(許可は都道府県知事、軽微変更は市町村)処分の違法の承継の問題もはらんでおり、困難といわざるを得ない。

このようにみてくると、農用地利用計画において、その権利の制限を受けている土地所有者等が、その制限の一部解除を求める権利は留保されて然るべきであり、土地所有者等の意思の発動を前提としていると考えられる施行令五条一項の、二号と四号との軽微変更に関しては、土地所有者等の申請権を条理上肯定すべきである。

そうすると、本件においては、《証拠省略》によれば、原告のなした軽微変更の申請は、施行令五条一項の二号又は四号に該当するものとしてなされたものと解せられるから、この申請を容認しないものとした本件通知は、抗告訴訟の対象となるべき行政処分性を有する。

よって、被告の本案前の抗弁は採用することができない。

二 請求原因1、2の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、同3の事実も認めることができる。

三  抗弁について判断する。

1  裁量行為

農振法上、市町村の農業振興地域整備計画は、同計画の公告、計画案の縦覧を経て、都道府県知事の認可を受けてから策定される。

そして、同計画の変更については、農振法一三条一項において、「市町村は、農業振興地域整備基本方針の変更若しくは農業振興地域の区域の変更により又は経済事情の変動その他情勢の推移により必要が生じたときは、(中略)遅滞なく農業振興地域整備計画を変更しなければならない。」と抽象的な規定をするにとどまる。

増してや、軽微変更については、その用語が用いられているだけで、その判断基準については概括的な定めすらない。

そうすると、少なくとも軽微変更については、前記のような農業振興地域整備計画の成立過程に鑑み、策定者たる市町村の判断を尊重してその裁量に任せ、その裁量権の範囲を相当広汎なものとする趣旨と解されるのである。

2  被告の本件却下処分の経過

抗弁2(一)の事実、同(四)のうち、反対住民の陳情があった事実、抗弁3のうち、被告が反対者の存在を理由に、本件却下処分をしたことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、ほぼ、被告の抗弁2記載の事実及び被告が抗弁3記載のとおり判断した事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告は、原告の本件軽微変更申請を内部準則たる各通達等に照らして検討をし、かつ、本件における特有な問題として近隣住民の強硬な反対運動があることを主要な理由として、本件却下処分をしたことが明らかである。

3  ところで、前項に判示したとおり、軽微変更は被告の裁量に属する行為であるから、その処分が違法となるのは、それが法の定める裁量権の範囲を超え又はその濫用があった場合に限られ、内部準則の違背は当不当の問題を生ずるにとどまる。

本件のような場合において、処分の違法を生ずるのは前項に判示した被告の裁量権の広汎さに鑑み、その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限られると解するのが相当である。

四  以上の観点に立って、原告の再抗弁を検討する。

1  再抗弁1について

原告は、本件土地上の養鶏(育成用)経営により、周辺農地及び生活環境に何ら被害を及ぼすことはないと主張し、《証拠省略》中にはこれに沿う部分がある。

他方、受忍限度であるか否かは別として、いかなる装置によっても養鶏に伴う悪臭等の影響を完全に防止することが困難であることは、原告の自認するところである。

また、《証拠省略》を総合すれば、原告が経営している既設の養鶏場、訴外田中貞夫が経営している長生郡長生村本郷四七八七番地所在の養鶏場(ただし、いずれも採卵用)においては、相当程度の悪臭を発しており、秋葉保、被告職員石渡重雄が右田中の養鶏場を視察した際、いずれも近隣居住者から悪臭、羽毛の飛散等の被害を聞かされ、かつ秋葉保は、養鶏場隣接の田において稲作への影響があったとの言葉を耳にしたことが認められる。

右の事実によれば、採卵用でなく育成用の養鶏である本件においても周辺農地及び生活環境に何らかの影響を及ぼすことは相当確実と推測されるから、前記《証拠省略》は信用することができない。

他に原告の前記主張事実を認めるに足りる証拠はないので、本件において被害を生じないということはできない。

なお、原告は、そもそも不可能な悪臭等の完全防止を軽微変更の認定要件にしてはならないというが、先に三2(抗弁3)で認定したとおり、被告はこのような近隣への影響は、あくまでも反対者の陳情との関係において主として考慮していることが明らかで、言い換えれば、それは、近隣居住者らが納得する程度の防除、防護策を講ずれば良いということであるから、原告に不可能を強いたことにはならない。

2  再抗弁2について

原告は、原告において誠意を尽くして1の防除、防護策を講ずることを約束したにもかかわらず、反対者がこれに不当に応ぜず、被告も原告を科学的に指導したり、反対者を説得したりしなかったと主張する。

しかし、いかなる意味において、本件に関し、被告にそのような義務が生ずるか判然とせず、被告のかような不作為が、本件却下処分を社会通念上著しく妥当性を欠くものとなすとは解することができない。

よって、右の主張は、事実を検討するまでもなく失当である。

3  再抗弁3について

山武郡中央土地改良区が、本件土地の「畑」から「畜産」への用途変更を承認したことは当事者間に争いがない。

原告は、これを理由に、被告の本件却下処分の事由である、「農用地区域の集団性を害する。」とか、「土地利用の混在を生ずる。」とかいうことはありえないと主張するようである。

しかし、《証拠省略》によれば、右土地改良区の承認には、書面には表わされていないものの、「周辺農地へ公害を及ぼさないこと、地域農業者の同意を取ること」等の条件を付してなされたというのである。

また、前記三2で認定した事実(抗弁2(一))によれば、土地改良区の承認は、被告が軽微変更をするかしないかの判断に当たって、通達に従ってなした関係諸団体との調整の一つの回答であるということができる。

そのような事情を考えると、本件において、前記土地改良区が、「農用地区域の集団性を害する」とか、「土地利用の混在を生ずる」とかの可能性がないとの判断をしたものでないことは明らかである。

そうすると、前記土地改良区の承認があることをもって、被告が前記のような拒否事由とした基礎事実が不存在ということはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。よって、この主張も理由がない。

4  再抗弁4について

原告は、被告が本件却下処分後に、同様な案件について異なる処分をしたので、本件却下処分は偏頗な行政処分の違法があるという。

本件却下処分の適否を判断する基準時は処分時であると解されるが、原告が主張する他の処分は、本件却下処分当時の事情を推認する資料的な価値のあるものとして提出されていると考え、以下、その観点から判断する。

(一)  鈴木武雄の件

鈴木武雄が養鶏を営み、その鶏舎が設置された土地の地目が宅地に変更されたことは当事者間に争いがない。

右争いない事実に、《証拠省略》によれば、鈴木武雄は、昭和三〇年代から、山武郡成東町草深字堀米八二七番二の土地(地目畑)において鶏舎を設置して養鶏を営んでいたが、昭和四八年ころ同所同番一の土地(地目田)に鶏舎を増設し、昭和五八年四月六日、右のいずれの土地についても地目を宅地に変更する地目更正登記がなされた事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

しかし、右の地目更正登記が、農地法上の転用許可手続を経て行なわれたものかを認めるに足りる立証はなく、増してやこれに関する被告の関与を認めるに足りる証拠もない。

そうすると、鈴木武雄の件に関する被告の処分ないし措置というべきものを認めるに足りないので、原告のこのような主張は理由がない。

(二)  鈴木清治の件

鈴木清治が、昭和四九年から、土地改良事業の施行地区内でかつ農業振興地域整備計画に基づく農用地区域内の農地に、軽微変更の許可を受けないで鶏舎を設置して養鶏を営んでいたこと、被告が本件却下処分の後に、右土地に関し軽微変更を認めたことは当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によれば、当該土地は、山武郡成東町上横地一五三番二畑二四九九平方メートルで、被告が軽微変更を認めたのは、昭和五四年八月であることを認めることができ、これに反する証拠はない。

更に、前記争いない事実及び右認定事実、《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

(1) 鈴木清治は、かつて山武郡成東町上里の集落内において養鶏を営んでいたが、住民からの苦情が強く、昭和四九年右集落から前記上横地一五三番二の土地に移転する形で、右土地上に鶏舎を新設して養鶏を開始した。

(2) 同人は、原告の本件土地の軽微変更が問題化して後の昭和五四年に至って初めて軽微変更願を被告に提出した。

(3) 前記上横地一五三番二の土地の東側は山林となっている。

(4) 被告が右土地の軽微変更に当たり、千葉県知事に対し事前協議を求めたところ、同年八月一日付けにて、「承認」の旨回答があった。

千葉県農地課としては、前記(1)の事情から、周辺地域居住者の理解があると考えられること、集落に比較的近く農地の集団性を保つという要件を害さないこと、前記(3)の事情から畜産公害の発生する可能性が少ないこと、既に五年間も土地を転用していた既成事実があること等の点に照らして、農地転用許可が相当と判断し、昭和五五年一月に、千葉県知事は、農地法四条による農地転用の許可をした。

(5) 被告も、調査の上、前項の千葉県農地課の判断と同一の観点から、鈴木清治の前記土地の軽微変更を認めた。

このような事実関係のもとでは、被告は、鈴木清治の前記土地に関する軽微変更を、既成事実を覆すことが重大な影響を与えることを考慮し、やむを得ないものとして認めたことが明らかである。

しかも、原告の件に関しては、周辺地域住民の強固な反対運動があったことは、前記三2に判示したとおりであるから、この点においても鈴木清治の件とは異なっているといわざるを得ない。

そうすると、鈴木清治の件と本件却下処分とを比較して、本件却下処分を著しく権衡を失している偏頗な行政処分であると評価することはできず、他にそう評価しなければならないような事情も両処分間には認められない。

よって、原告のこの主張も理由がない。

5  再抗弁5について

原告は、更に本件却下処分は憲法上の職業選択、営業の自由を害するという。

農振法は、需要の動向に即応した農産物の安定的な供給及び生産性の高い農業経営の育成を実現するため、地域の実情に応じ、国土の合理的利用の観点から各種土地利用との調整に留意しつつ、土地の計画的利用、農業生産の基盤の整備及び開発等農業の健全な発展を図るための条件を備えた農業地域を保全し、形成することを旨として、各地域における自主的かつ総合的な計画を樹立し、その推進を図ることを制度の趣旨とするものであって、この立法目的には合理的理由がある。そして、農業振興地域整備計画及びこれに基づく農用地利用計画を策定し、土地所有者の士地利用を制限して農地を維持することは、右の立法目的達成のために必要かつ相当な手段である。したがって、これによって、原告の職業選択の自由、営業の自由が制限されるとしても、その制限は合理的制限の範囲内ということができる。したがって、本件却下処分が憲法違反であるというような原告の主張は理由がない。

五  以上検討したところによれば、被告の判断には、その事実の評価が明白に合理性を欠き、その判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるとはいえず、他に被告の判断につき裁量権の範囲を超え又はその濫用があったことをうかがわせるに足りる事情はない。

そうすると、本件却下処分は行政事件訴訟法三〇条の規定により違法として取り消すべき場合に当たらないので、原告の請求は理由がない。

よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤一隆 裁判官 池本壽美子 堀内照美)

<以下省略>

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